2011年10月12日水曜日

民族のくせ

 では、民族ごとに独特な性格、性質といったものが、まったくないか、というと、たしかにそれらしきものはある。──が、それは、その民族固有の本性、本質といったものではなく、その民族の、歴史的なふるまい方のくせ程度のものである。そして、それはほとんどのばあい、その民族の、ひろいいみでの履歴──どういう気候・風土の地域において民族を形成し、どういう生活の手段と体系を持ち、またどんな独特な「歴史的経験」を経てきたか、などなどによって、形成されてきたと思われる。
 この「くせ」は、要するに「くせ」であって、「民族性」などという大げさなものではない、ということにしておきたい。民族の「本性」などというものが、はたしてあるかどうかたいへんうたがわしいが、もしそういうものがあるとすれば、それはその民族にとってどうしようもないものであろう。──    だが、「くせ」というものは、もし、だれかに指摘され、なおすなり、かえるなりしようと努力すれば、かわるものである。この「くせ」は、歴史的に形成された行動、判断、価値、生活などのパターン、つまり「文化」ともすこしちがう。(本文より)

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