2011年10月20日木曜日

遊牧の起源

 実をいうと、日本人にとってきわめてわかりにくいのが、この「遊牧系文化」というものであろう。
 たしかに、遊牧文化の生み出したさまざまな技術や発明品は、日本の社会にも早くから入ってきた。騎馬戦闘技術や、筒袖(つつそで)、ズボンの「胡服(こふく)」──現在の洋服はその一種である。しかし、日本は本格的な「遊牧社会」と接するチャンスはついになかった。ひとつは日本が島国であったせいもあるが、そのほかにも、日本の地形、気候が、遊牧にむいておらず、歴史のなかで遊牧系小集団が移住してきても、稲作農業社会に吸収されてしまう、ということもあるだろう。
 とにかく、日本の国内にいるかぎり、遊牧社会、遊牧生活というものは「見る」ことができない。もちろん、日本にもかなり古くから、牛、馬、鶏、犬、豚などの「家畜動物」は入っていた。しかし、鶏、豚などの「庭先飼い」の家畜ではむろん「遊牧」などしなくてすむし、牛や馬でもその飼い方が遊牧社会のそれとはたいへんちがう。
 遊牧社会が成立し、遊牧文化のハード・コアが形成される「遊牧地帯」とは、ヤーラシア大陸東北部から、中央アジア、中東オリエント地帯を貫き、北アフリカ西海岸まで斜めに走っている乾燥地帯、とくに中央アジアである。その乾燥のもっともはげしい中心部は、ゴビ砂漠、イラン砂漠、アラビア砂漠、サハラ砂漠といった、完全な砂漠になっているが、大部分は、乾燥ステップ性気候で、草原地帯になっている。また砂漠のなかにも、点々とオアシスのつらなる地域がある。もうひとつ注目に価するのは、このステップ地帯の西の方が、麦作農業の発生地帯とされる、地中海性気候地帯と連続していることだ。
 遊牧社会の起源については、まだはっきりしないことが多い。大まかにいって、二つの説があり、ひとつは世界最古の「文明」の成立したメソポタミア、西インド、東地中海などの麦作農業社会──それは栄養上、どうしても早くから「家畜」を必要とした、とされているが──の「家畜遊牧」から分離したもの、という説と、そうではなくて、乾燥草原地帯に自然発生する、草食獣大集団の「群れ所有」から「遊牧民」が発生した、という説がある。現在のところ、前者のほうが有力視されているが、私としては、後者の説も、もっとつっこんでみる値打ちがあると思っている。
 いずれにしても、麦作農業にもとづく、世界最古の「都市国家」が、メソポタミアに成立する紀元前三千年紀には、「遊牧」という生活様式が成立していたらしい。(本文より)

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