2011年10月12日水曜日

すくない対外戦争体験

 「日本人好戦民族論」に対して、私はいつも、日本が対外的に国内的にも、「戦った」経験がじつにすくない国だ、ということを数をあげていうことにしている。とりわけ「対外戦争」というのは、数がすくなく、期間も短い。学者によっては、神功皇后の韓地出兵に比定する、四世紀末の高句麗(こうくり)・好太(こうたい)王の碑に記された対高句麗・新羅戦は別として、六世紀大和朝の成立以来、近代までの約千三百年のあいだに、本格的な「対外戦争」は、白村江の闘い、元寇、秀吉の大陸出兵とわずか三回しかない。それも二回まで、「失敗」している。元寇のばあいは、
先方からしかけてきた侵寇作戦に対する防衛戦だし、しかも二度とも、台風という僥倖(ぎょうこう)に助けられていることは周知のことである。
 明治維新以後は、急に対外戦争が多くなる。──幕末に闘われた、薩英戦争、下関戦争は、数えないとしても、大きな戦争だけで、日清、日露、第一次大戦、日中、太平洋戦争と、わずか八十年たらずのあいだに、五つの「対外戦争」を経験している。さらにそのあいだに、台湾出兵、北清事変、シベリア出兵、山東出兵、満州事変、ノモンハン事変、仏印進駐など、「対外軍事行動」がのべつはさまる。十九世紀以降、「欧米列強」のアジアにおける行動に符牒(ふちょう)をあわせて対応したのだ、という点もあるが、たしかに、近代七、八十年のあいだの印象は「好戦的」である。
 しかし、これを入れたところでヨーロッパ諸国の「戦争経験」にくらべれば、問題にならない。紀元初頭前後から四百年つづいた「ローマの平和(バックス・ロマーナ)のあと、ゲルマン民族大移動以後のヨーロッパは、じつに数多くの域内戦争、域外戦争を経験している。ゲルマン民族移動のあと、サラセンとの衝突があり、ノルマンの大侵寇
があり、何百年にわたる十字軍戦役があり、モンゴルの侵寇がある。記録の誇張をわりびいても、かなりな規模の戦争が踵(きびす)を接して起こっている。
 とくにイギリスとフランスのあいだには、十四世紀から十五世紀にかけての第一次百年戦争、さらにそのあと「ばら戦争」を契機とする第二次百年戦争と、二百年以上にわたって、戦争状態がつづき、それはやがて、ジョージ王戦争のように新大陸をはじめ、海外領土、植民地にまで拡大してゆくのだ。そのほかの地でも、オスマン・トルコの侵寇、有名なドイツ農民戦争、三十年戦役、ロシア農民戦争、イスパニア継承戦役、オーストリア継承戦役、クリミア戦役、普仏戦争、とつづく。
 十六世紀以後は、このヨーロッパの抗争がヨーロッパ以外の地に拡大してゆき、スペインの征服者(コンキスタドレス)たちによる新大陸のアステカ、インカ、マヤ、などインディオ帝国の滅亡をはじめ、インドにおけるポルトガル、オランダ、イギリスの抗争は、といにはインド亜大陸の植民地化を帰結し、さらに、東南アジア、太平洋地域の植民地化から、阿片戦争でついに中国との対決時代に入る。新大陸でも、北、南両地に、ヨーロッパ諸国の抗争と、独立戦争、代理戦争がつづき、独立後の北米合衆国は、アメリカ・メキシコ戦争、南北戦争、米西戦争、第一次、第二次大戦と、わずか二百年たらずのあいだに、かなりな規模の戦争を闘うことになる。
 こうみてくると、千数百年間、ほとんどのべつ戦争をやっているヨーロッパ諸民族のほうが、日本などにくらべて、はるかに「好戦的」のようにみえる。──すくなくとも、戦争を起こした回数、戦争になった回数をくらべれば、日本は対外、対内両面において、お話にならないほどすくない。ヨーロッパ域内戦争は、日本のばあい、列島間にマイクロナイズされ「国内戦争」のかたちであらわれた、と考えても、やはりその数はきわめてすくない。
 初期大和奈良政権の成立段階における、東国出兵や、九州磐井(いわい)の乱は、その性格、規模がもうひとつはっきりしないが、それ以後のことを考えても、おおきな内戦は、壬申(じんしん)の乱以後、東北出兵、将門・純友の乱、源平の争乱、元弘の変以後、建武の中興を経て約六十年間つづく南北朝の抗争、応仁の乱以後、織豊政権まで百年あまりつづく戦国時代、さらに関ヶ原の戦いに、幕末内戦と、ごくわずかしかない。それも、規模、期間とも、「大乱」に相当するものは、その数も多くないのである。──同じアジアで、中国、朝鮮のそれとくらべてみれば、その「戦争」の規模、期間、性格は、まったくお話にならないくらい貧弱なものだ。
 もっとも、戦争を「起こした」数がすくないからといって、「好戦的」でないとはいえない、という意見もあるかもしれない。──国の大きさ、地政学的関係からみて、「戦争を起こすチャンスがすくなかった」だけだ、といえるかもしれないからである。しかし、他方からみれば、その「国民性」が本質的に「好戦的」であるかどうか、という議論は、まことにあいまいで、考えようによってはばかばかしい、不毛の議論であろう。たしかにイラン族、モンゴル族、トルコ族など、アジア中央部の遊牧民は、何度か歴史をひっくりかえすような大侵寇を起こし、その戦闘と破壊ぶりは猛烈であるが、何度かの大戦争のあいだは彼らは草原や砂漠でごくぱっとしない生活をしており、質朴で、さっぱりしれいて友誼(ゆうぎ)にあつく、とても「本性として」闘いや争いを好むとは思えない。(本文より)

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