ローライフレックスMX (フィルターYA2)
コダック100TMX
D-76D(自家調合)
モノクロ4点 1/100 f5.6
吉野口で乗りかえて、吉野駅まではガタガタの軽便鉄道があったが、それから先は吉野川に沿うた街道を徒歩で出かけた。万葉集にある六田(むつだ)の淀(よど)、──柳の渡しのあたりで道は二つに分かれる。右へ折れる方は花の名所の吉野山へかかり、橋を渡ると直に下(しも)の千本になり、関屋の桜、蔵王権現(ざおうごんげん)、吉水院(よしみずいん)、中の千本、──と、毎年春は花見客の雑踏(ざっとう)する所である。(新潮文庫 吉野葛 谷崎潤一郎)より
吉野口駅 |
吉野駅 現・六田駅 |
吉野口 奈良から吉野へは、関西線に乗り、王子駅で和歌山線に乗り換え、現・御所市の吉野口駅に至るのが当時の順路であった。
吉野駅 現在の近鉄吉野駅よりかなり手前の、上市の北六田にあり、駅のすぐ前が六田の渡しだった。開通は大正元年。
軽便鉄道 吉野鉄道。現在は近鉄吉野線になっている。(新潮文庫 吉野葛 谷崎潤一郎)注解より
幼い折のことであるからはっきりした印象は残っていないが、まだ山国は肌寒い四月の中旬の、花ぐもりのしたゆうがた、白々(しろじろ)と遠くぼやけた空の下を、川面(かわづら)に風の吹く道だけ細かいちりめん波を立てて、幾重にも折重なった遙(はる)かな山の峡(かい)から吉野川が流れて来る。その山と山の隙間(すきま)に、小さな可愛(かわい)い形の山が二つ、ぽうっと夕靄(ゆうもや)にかすんで見えた。それが川を挟(さしはさ)んで向かい合っていることまでは見分けるべくもなかったけれども、流れの両岸にあるのだと云うことを、私は芝居で知っていた。(新潮文庫 吉野葛 谷崎潤一郎)より
Googleマップより |
川はちょうどこの吉野山の麓あたりからやや打ち展(ひら)けた平野に注ぐので、水勢の激しい渓流の趣きが、「山なき国を流れけり」と云うのんびりとした姿に変わりかけている。そして上流の左の岸に上市(かみいち)の町が、うしろに山を背負い、前に水を控えた一すじみちの街道に、屋根の低い、まだらに白壁の点綴(てんてつ)する素朴な田舎家(いなかや)の集団を成しているのが見える。(新潮文庫 吉野葛 谷崎潤一郎)より