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2013年5月17日金曜日

ダメージ

ダメージ:
精神的・肉体的な疲労から・・・か、天候によるもの・・・か?

なんとなく気分がすぐれない。

自転車チェーンの掃除をしているとき、後輪を空回ししたら振れがひどいように思えた。

5月5日の峠越えのダメージだろうか?

また、道具もなしに調整しなきゃならないと思うと憂鬱になってきた。

休日は、パチンコで時間と銭を無駄にした。
 


風俗営業等に関する権限
風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」)では、いわゆる風俗営業を営もうとする者に対する許認可権限が都道府県公安委員会に与えられている(風営法第3条)。また特にパチンコ・パチスロに関しては、各パチンコ店が設置するパチンコ・パチスロ機が過度に射幸心を煽るものとなっていないことを示す検定の実施主体となる(風営法第20条4項)。実際の検定業務は保安通信協会(保通協)に委託されており、保通協の型式検定に合格していて書類の提出等形式が整っていれば検定は通ることがほとんどだが、稀に保通協をクリアしていても都道府県公安委員会の判断で検定が通らないこともある(2006年に『秘宝伝』(大都技研)が山梨県公安委員会の検定を通過できなかった件などが代表例)。(Wikipediaより引用)



縦振れは前と変わりない(3ミリ以内)が横振れが少し、6本を4/1回転締めた。

2012年12月3日月曜日

憂鬱

冬(寒く)になると、憂鬱。
 
先月25日の日曜日、昼食時のTVはいつもなら 「のど自慢」だが、なぜか「〇ッコにおまかせ」をやっていた。嫌な予感。

 紅白歌合戦の出場者、なぜあの人が連続出場なのか分からない。
 

そこでORICON STYLEでは、今年の『第63回NHK紅白歌合戦』を取り仕切る、NHKの原田秀樹チーフプロデューサーに独占インタビューを敢行。今年の紅白はどうなる?

 選考の基準は変わらず「その年の活躍」「世論での支持」「番組の企画・演出との合致」という3点です。(ORICON STYLEより)


○ッコはパチンコのコマーシャルに出ているし、「のど自慢」の裏番組やっているのになぁ・・・?

よい番組例。
NHKスペシャル「くじら対シャチ」は星三つ(☆☆☆)。
その夜に見た(思った)夢。


其の一:地磁気。
気象庁 地磁気観測所より
赤い線は磁力線のつもり:夢の中で、ループになっていない線について思ってみたが・・・?

其の二:ブラックホール。
容器に液体を入れたときに、気泡ができる。
なんの根拠もないが、夢の中でブラックホールは気泡のように思えた・・・?

仕事の都合上、11月29日から3日間の連休。
せっかくの連休というのに自転車に乗れなかった。
天気が悪い(寒い)という理由で、4日間パチンコでどツボにハマってしまった。
本日、3日はいい天気だった。
天気図は日本気象協会(tenki.jp)より。

冬用タイヤを入れ替えたので、少しは気が晴れた。

あと、クリスマスとか正月がやってくる。
あぁ、憂鬱だぁ~。

「あさイチ/TV」で、京都のサイクリングをやって(放送して)ほしいなぁ・・・?

無理だろうから、妄想チャンネル(ちゃん寝る)。
京都・桂川沿いで、中年の男性がその日のテレビ欄(新聞)を見ている。
よほど気にいらないらしく、その番組の欄をライターで火をつけた(12月31日)。

中年男性の様子:地位も名誉も財産もない。孤独でやつれた(貧相)感じ。

安物の自転車でフラフラしているうちに、妙な気分になってきた。

何かおかしいと気づくのだが、その『何か』が分からない。

男は、疲れと寒さのせいで眠たくなってきた。

桂川沿いをはずれて、喫茶店に入った。
暖房のせいで、ウトウトする。

店を出て、再び桂川沿いを自転車でフラフラする。
どこかで見た(TV)ことあるような女性とすれ違う。
女性は小径の自転車に乗っていた。
自転車の走りは軽くて、高価な感じ。女性もアカ抜けて、いい感じだった。

中年男性は新聞を買った。テレビ欄を見た。
「歌合戦」がない。

「こ、これは・・・?」

京都の街は二条城があって、御所がない 。

これは、中年男性の妄想「ちゃん寝る」である。

2012年2月24日金曜日

ピラミッド5000年の嘘

昨日はメンズディということで、『ピラミッド5000年の嘘』を1000円で観られたが、上映前の10分ぐらいの間に流れていた音楽にイライラした。
十年ぶりかの映画鑑賞というのに、テンション下がった。
結局は、うつらうつらで何を上映していたのか分からなかった。

で、本日プログラムを買いに行った。
途中で、田原本町立図書館に寄って『吉野町史(上)』から紙漉きの唄をコピーさせて貰った。

橿原・桜井で目につく山はピラミッド型。


帰り道、たいやきを3個買った。
周辺の案内図。



世の中に『嘘』が多いというより、騙されていることに気づかない。
テレビ報道は偏っているらしいが、どうなんだろう・・・?

2012年2月2日木曜日

不可解な記事


「古代史の秘密を握る人たち」から不可解を拾ってみた。
 
 藤原不比等は、乙巳の変(大化改新)で蘇我入鹿暗殺の主役になった中臣鎌足の子だから、抜擢されるのは当然のように思われてきた。しかし、どうにも不可解なのは、壬申の乱ののち王権を奪取した天武天皇は、中臣鎌足の子・不比等を政権から閉め出していて、夫の遺志を引き継いだとされる持統朝において、なぜ不比等が大抜擢されたのか、通説では説明がつかない、ということなのである。

 以後、しばらく混乱はつづいたようで、『日本書紀』は、継体天皇の二人の皇子が同時に死んだという不可解な記事を載せている。『百済本記』の記事からの引用で、それ以上のことは書いていないから、このとき何が起きたのかは定かではない。

 『日本書紀』には、もうひとつ不可解な記事がある。携帯二十五年春二月、継体天皇が崩御したが、じっさいには、継体天皇は二十八年に亡くなっていたと記録する異伝もあるという。

 ここで不可解なことが一つある。それは、大海人皇子が東国に逃れただけで近江朝は浮足立ち、多くの将兵が戦意を消失し散りじりになって逃げまどったというのだ。裸同然で逃げた大海人皇子に対し、近江は朝廷の正規軍を握っていたはずなのに、これはどうしたことだろう。

 しかし、どう考えてもこの事態は不可解なのだ。
 天武天皇が壬申の乱で雪崩のように勝利したのは、民衆と豪族の支持があってこそのことだった。であるならば、彼らを無視した政局運営は不可能だったろう。それにもかかわらず、皇族だけで朝廷を独占するかのような動きは何を意味していたのか、もう少し深く考える必要がある。

 聖武天皇の不可解な行動の中に、「三宝の奴」というものがある。天平勝宝元年(七四九)夏四月、聖武天皇は東大寺に行幸し、盧舎那仏(大仏)に「北面」して向かい、勅して次のように述べさせている。

 いったい、なぜこの親子は不可解な行動にでたのだろう。
 ここで考えられるのは、次の一点だ。すなわち、「藤原のための天皇」ならば天皇などという王権はないほうがまし、という発想が彼らにはあったのではなかったか。

 しかし、不可解なことがある。
 出雲大社の特殊神事に「身逃げの神事」があって、この中で、大国主神の御魂になりかわって、禰宜が「夜逃げ」をするまねごとをしている。

 不可解なのは、ここで天皇家が隼人たちと結びついている理由がはっきりと分からない、ということなのだ。

 不可解なのは、法隆寺が「祟る寺」、聖徳太子が「祟る鬼」とすると、藤原四兄弟の死とどうつながるのか、さっぱり分からないことなのだ。

2011年11月11日金曜日

歩き方

本日、近つ飛鳥博物館へ行ってきた。

ちょうどおひるごはんの時間帯だったので、喫茶コーナーでカレーを食べた。
有名な建築家が設計した建物らしいが、「うどん」を食べたいと思った。
ここは大阪やけど、『近つ飛鳥』なら(奈良)ではのメニューがあってもいいのでは・・・?

風土記の丘は古墳群である。

朝から風邪気味だったので出かけるを躊躇したが、専門家に素朴な疑問を解いてもらってスッキリした。

2011年10月22日土曜日

浄化

(10月20日のおまけ)

明日という字は、「日に音と書いて暗い」と読む。

ある人は、毎日が憂鬱だと嘆く。
「なぜ」と問えば、
仕事がキツイ・キタナイ・クサイ。
手取りが少ない。疲れがたまって、ツライといった。

この人たちの歴史って、よく分からない。

(Google地図より)
住宅地の狭い間(赤い線の部分)を歩いていると、憂鬱な気分になった。

天満宮から道明寺駅へ向かう途中で、演歌が聞こえてきた。
なお、むかついて憂鬱度がマックスに達した。

今日のGoogleニュースから
松方弘樹・水野美紀"暴排条例"でテレビ追放! その裏にやはり「バーニング」の影?

日刊サイゾー-‎2011年10月18日‎から一部、転載。
 特定の芸能人を「干してやりたい」という芸能関係者の思惑で情報が操作され、"芸能界浄化作戦"の一環に利用されたら、人権侵害にもつながりかねない。NHKや民放は出演者の身体検査をする前に、芸能プロとの癒着体質を検査し、浄化することが先決のはずだ。

個人的に浄化とは、「何か」を考えてみよう。
気分的にリフレッシュ出来るかもしれない。

意味不明なブログ内容になってしまった、内容なんて無いよ・・・?

2011年10月20日木曜日

ギャップ

2010/6/6 「修羅の発掘」。

2011/9/29
昨年、ネット上で「修羅の発掘」を知ったときは「ワクワク」したのだが、電車に揺られているうちに、あのワクワク感を忘れてしまった。


藤井寺駅→アイセルシュラホール(資料を入手)→市立図書館(ジオラマを撮影)→石棺(撮影)→三ツ塚古墳(修羅発掘の場所を確認できず)→道明寺駅。 (→は徒歩) 














歩き疲れて、鬱状態。
思考停止、記憶力低下。
前に一度、「来たことが あるのかなぁ」という錯覚。

2011年10月8日土曜日

Knockin’ on Heven’s Door

「天国への扉」(Knockin' on Heaven's Door)は、ボブ・ディランの楽曲。映画『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』のサウンドトラック・アルバム『ビリー・ザ・キッド』に収録、シングルとして1973年にリリースされた楽曲。ビルボード Hot 100 のシングル・チャートで12位を記録した。
2004年に、『ローリング・ストーン(Rolling Stone)』誌が選んだ「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500では、190位にランクされている。
「天国への扉」は、西部劇映画『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(1973年、MGM、監督: サム・ペキンパー)のサウンドトラックの楽曲として書かれており、歌詞は米国西部開拓時代のガンマンの死に行く際の心境を歌っている。視界が「だんだん暗くなり」、今まさに「天国への扉をノックしている」ことを悟った彼は、「バッジ」や「銃」は「もう使えない」と語る内容である。
ただし、ディランのライブではよくあることだが、歌詞を変えて歌っている場合がある。特に、リフレインにおける「Knock, knock, knockin' on heaven's door」を4回繰り返す箇所が顕著である。1986年のTrue Confession Tour以降、"Knock …"を3回繰り返した後、「Just like so many times before」と歌うようになった(例外的に、30周年記念コンサートではオリジナル通りに4回繰り返すに留まった)。
ディランのオリジナル楽曲は、キーG(ト長調)のコード4つから構成される。基本パターンは G-D-Am7-Am7 と G-D-C-C の繰り返し。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より一部転載)

2010/6/29の 『線刻画』
先月の9月23日 高井田横穴公園へ出かけた。
「稲作りのはじまり」の説明文に、「高地性集落は戦いにそなえたムラと考えており・・・」とあるから、「ディランの風に吹かれて」の問いかけの答えは展示物にあった。人は戦いにあけくれる・・・?

「風に吹かれて」(かぜにふかれて、英: Blowin' in the Wind)は、ボブ・ディランのセカンド・アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(1963年)に収録され、シングル・カットされた楽曲。
シンプルで力強い旋律と和声進行を持つメッセージ・ソング。三連から成り、いずれも「どれだけの砲弾を発射すれば、武器を永久に廃絶する気になるのか」「為政者たちは、いつになったら 人々に自由を与えるのか」「一人一人にいくつの耳をつければ、他人の泣き声が聞こえるようになるのだろうか」「人はどれだけの死人を見れば、これは死に過 ぎだと気づくのか」というプロテスト・ソング風の問いかけと、「男はどれだけの道を歩けば、一人前と認められるのか」「山が海に流されてなくなってしまうのに、どのくらいの時間がかかるのか」という抽象的な問いかけが交互に繰り返されたあと、「答えは風に吹かれている」というリフレインで締めくくられる。この曖昧さが自由な解釈を可能にしており、従来のフォークファンばかりでなく、既成の社会構造に不満を持つ人々に広く受け入れられることになった。
歌詞は、1962年に雑誌「シング・アウト!」に、ディランのコメントとともに掲載された。
「この歌についちゃ、あまり言えることはないけど、ただ答えは風の中で吹かれているということだ。答えは本にも載ってないし、映画やテレビや討論会を見ても分からない。風の中にあるんだ、しかも風に吹かれちまっている。ヒップな奴らは「ここに答えがある」だの何だの言ってるが、俺は信用しねえ。俺にとっちゃ風にのっていて、しかも紙切れみたいに、いつかは地上に降りてこなきゃならない。でも、折角降りてきても、誰も拾って読もうとしないから、誰にも見られず理解されず、また飛んでいっちまう。世の中で一番の悪党は、間違っているものを見て、それが間違っていると頭でわかっていても、目を背けるやつだ。俺はまだ21歳だが、そういう大人が大勢いすぎることがわかっちまった。あんたら21歳以上の大人は、だいたい年長者だし、もっと頭がいいはずだろう。」
アメリカ合衆国では、特に公民権運動を進める人々の間でテーマソングのようになり、やがて日本においても広く歌われるようになった。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より一部転載)



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