2010年4月8日木曜日

ハイキングのつもりで

「それから何処かに回られましたか?」
野村が佐田の無愛想を気にして彼女に親切にたずねた。
「橘寺に行って・・・・・・」
「二面石ですね」
「ええ。でも、ほかの山にも上がってきましたの。ハイキングのつもりで」
「ほかの山って、どこですか?」
「あの近くです。山というほどでもない丘ですが。でも、わたくしにとってはちょっとした登山でしたの」
佐田が湯呑の糸じりを上がり框に鳴らして置いた。
「山登りって、どこですか?」
野村が高須通子にきいた。
「多武峰です」
彼女は答えてからも唇を少し開けていた。
「談山神社ですか。バスでしょう? 桜井へ出てバスを使えば境内下まで行けます」
佐田はカメラマンの流れる煙に当惑そうにしていたが、自分もポケットから煙草をとり出した。
店主が前から灰皿を引き寄せ、息子が横からライターを鳴らしてさし出した。
「足でも登りましたわ。今日は益田岩船のある山にいったんですから」
(火の路・松本清張より)

フォロワー