2011年6月3日金曜日

歴史の「階層」

 この島に、約千四百万の人びとが住んでいる。面積は約三万六千平方キロで、九州とほぼ同じ、日本全土の面積の十分の一よりすくないから、人口密度は日本よりやや大きい。──ところでその住民構成だが、大部分は明、清の時代から、西の平野部へうつり住んでいた、江南、、(かなん)の中国系農民、いわゆる「本省人」であり、約一割が、一九五〇年年代に、大陸から国民政府とともにうつり住んできた「外省人」である。さらに平野の一部、山岳部、東部斜面、東島嶼(ひがしとうしょ)部には、ほうとうの意味での台湾原住民である高砂(たかさご)族──現在の台湾では「山地同胞」とよばれる人びとが散在している。人口はすくなく、二十万人あまりとされているが、とくにそのなかの、山中に住む十万余の人びとは、平地中国系の人びととは言葉も習俗もかなりちがう、きわめてユニークな文化社会を形成している。
 台湾のこういった状態を、漠然とながめていると、ふと、千数百年前、大和朝成立当時の日本も、これと似たような状態ではなかったか、という気がしてくる。(本文より)

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