2011年7月15日金曜日

キリスト東北渡来説


 すこし視点をかえてみよう。
 これまでは、縄文時代以前の段階から、弥生期を経て、歴史時代のはじまりでのあいだに、主として生産文化において、どれだけ異質なものが日本へ流れてきたかを、大ざっぱにみてきたのだが、これからは、そういった時代順にこだわらず、どれだけいろんなものが、日本の外から、この列島に流れこんできたか、あるいは流れこんできた形跡があるが、また、どんなものが流れこんでこなかったか、ということを、「思いつくままに」という態でみてゆこうと思う。
 「キリストは日本へ来て死んだ」という奇説があるのを、ご存知の方も多いと思う。
 もう少しくわしくいうと、「ゴルゴタの丘で、十字架にかけられて死んだのは、じつはイエス・キリストの替え玉(人によってはイエスの弟だ、とする)で、ほんとうのキリストは、使徒たちの手によって逃れて、はるばる日本へとやってきた。最初西日本に上陸し、のちはるか東北へ赴いて、青森県で死んだ」というのである。
 青森県の十和田湖のちかくに、「戸来(へらい)」という小村がある。──ここがキリストの最期の地であり、「へらい」という名は、ヘブライの訛(なま)ったものだ、という。(本文より)

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