近畿の春は、「奈良のお水とり」からはじまる、といわれる。
三月一日から、東大寺の二月堂で、十一面観音の前で行われ、二十七日間の「悔過(けか)」の法要──いわゆる修二会(しゅにえ)のちょうど真中の十三日間目、深夜の午前二時から、この「お水とり」の行事が行われる。この行事がはじまると、それまでどんなに春めいていても、その期間にかならず一度、ふるえ上がるような寒い、雪のちらつくような日がある、と、私なども子供のときからきかされていた。──また事実、そのとおりであり、冬から春への気候のかわり目の気象現象を、うまくいいあらわしている。
そのかわり、この「お水とり」がすめば、もうすぐ彼岸の入りで、もう冬の寒さがあともどりすることもない。「春を汲(く)む」──といわれるゆえんである。
この行事を見たかえりに、私を訪ねてきて、「あれは、ペルシアのゾロアスター教と関係があるんじゃないですか?」といった、東京の若い人がいた。(本文より)