2011年9月3日土曜日

主体的選択

 日本では早く稲作、漁撈が生活の基盤となって、大型家畜は「食べる」うえにあまり重要な意味を持たなかったから、大量飼いのために必要な去勢技術は入れる必要はなかったのだ、という解釈はだれでもすぐ思いつくだろう。──しかし、「技術」というものは、いったん確立すると、発生のもととなった条件とはべつに、それ自体としてつたわってゆく。現代で「洋服」や「電波通信」が、各国の伝統文化と関係なしに、全世界に普及したように・・・・・・。「騎馬戦闘技術」や「武家道徳」は、遊牧社会に発生したが、これはちゃんと日本につたわった。牛は西日本で山地放牧をやっていたが、馬は東国の牧でけっこう「大量飼い」をやっている。にもかかわらず、日本の導入した遊牧文化系の技術のなかで、「去勢」だけが落ちている。 
 これに対して、大陸では、いったんこの「技術」が確立すると、本来その必要のない、鶏、豚などの庭先家畜や、犬、猫などの愛玩動物にまでおよぼすようになる。──「宦官」は、この技術を人間に対して応用したもの、といってまちがいでないだろう。
 そうすると、「去勢」「宦官」をいれなかったことについては、はっきり日本側の、主体的な「選択」があったとみるべきだろう。「これは入れるが、あれは入れない」「家畜は入れるが、去勢は落とす」という、「文化選択」がはたらいたにちがいない。──この「選択の原理」に「日本文化」というものの性格が浮き彫りされえてくるように思える。(本文より)

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