2011年10月6日木曜日

何が言語をかえてゆくのか

 このとおり、現在の日本語でも、その内部に、さまざまの社会的・心理的問題をはらみながら、「変化」し、動いている。──そしてその大きな流れは、やはり、方言→標準語の動きであって、その逆ではない。どうして「江戸山の手ことば」が、明治以後、日本の「標準語」になっていったかは、やっかいな問題であるが、私は、徳川二百五十年のあいだ、江戸が日本の政治の中心であり、そこで日本各地から集まってきた武士が使った「公用語」が、標準語になっていったのであり、そうなるのには、諸大名の参勤交代、江戸詰めの制度が大きくものをいったと思っている。──その前の室町幕府のときは、京都弁が「標準語」になっていていい、と思うのだが、徳川初期には、江戸へ参勤交代で集まってきた地方武士が、お互いあまりに訛りや方言のちがいがはげしくていっこうに話が通ぜず、その前代
、室町期において、武士一般の教養となった「謡曲」のことばでしゃべったらやっと通じた、という話などから推(お)して、江戸期の参勤交代、江戸詰めが「標準語」の母体をつくった可能性はつよい。(本文より)

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