さっき述べたようなことをいちおう頭において、日本語の由来を考えてみる。──何度もいったように、「日本語」は、「日本民族」を日本民族として成立させるうえにたいへん大きな役割を果たしているが、それはすくなくともここ数千年から、せいぜい一万年ぐらいの期間のどこかで──ある歴史的幅をもって──成立してきたものであって、はじめからこんにちのようなかたちであったわけではないことはいうまでもない。そして、いくつかの要素がからまり合いながら「日本語」というものが成立してくる過程の背後には、たとえば有力な部族、種族の渡来、移住、拡散とか、あるいは、強力な文化的権威、権力の成立とかいった、歴史社会的、または政治的事情が働いていると想像される。私たち日本人の使っている日本語を構成する文法や単語のなかには、そういった背後の「歴史」の痕跡がのこっているのである。(本文より)